目次

江村夏樹が作曲や演奏で実践していること
(何を考えてやっているか)
そのXVII

江村夏樹


385.
「年が改まりました」

 やっとコロナが収束したようですね。引き続きできることをできるところまで続けてまいりましょう。ぼくはモノを作るのが好きなので、「作る」とここに書いておきます。

 もうしばらくネットラジオも続けますので、お立ち寄りください。



[2024年元旦(月)/続きは後日]

386.
「近況報告」

 1月中になんかコメントをアップするつもりだったんですが、作曲を始めたら、そっちばかりやってました。今日は1月30日。日本は元日から、祈るしかない現実に見舞われ、そのせいかどうか、1月は時間の流れがとてもゆっくりしていました。ネットラジオ続けてますので応援してください。

 作曲で疲れたから、こっちで息抜きがてら雑談します。誰かが言っているように、音楽は苦しみながら作るものではない。基本的にぼくはこれに賛成です。それに、ぼくは音楽で政治をするつもりはない。ひとつの音楽は、何かメッセージを伝える媒介であればいいので、プロパガンダやスローガンというような「社会を動かす名目で制作された音楽」は、ぼくには興味がない。それは媒介ではなくてメッセージそのものだとすると、音楽表現としてはずいぶん変なものになると思う。誰かを操って自分の意のままにしようとする音楽は、感じのいいものではない。

 近所のスーパーの夜勤のM嬢とは顔なじみで、2度ほど、せがまれて駄菓子を買ってあげたことがあるが、ぼくにはスーパーの女店員を言葉巧みにかどわかし、いけないことを企てるつもりはまったくない。美女たちに金銭をばらまいてハーレムみたいにいいことをする気も全然ない。これは責任逃れでもなくてですね、江村はまじめな人間だということが信じてもらえないから、大きな声で広告しているんですよ。わかりましたか。じゃんじょん!

 お正月明けからの毎日の過ごし方を白状すれば、昨日書いた楽譜の響きが、今日は違って聴こえるという日々で、細部を修正しているうちに形が変わり、そのうちに、何がやりたいのかがわからなくなってきて、休憩を入れたり、飯を食ったりしている。書こうとしているのはピアノ曲で、ある内声をオブリガートとして任意の木管楽器で吹いてもいい。これを背景にして、ダンサーが舞う。そういう曲なんですが、まだできてないけれど、漠然と全体はある。書いてみれば何かの音は書ける。楽譜を書くときにピアノは使わない。その日書いたことをピアノで弾いてみると、勘で楽譜に書いた音程と、少しずれている。ずれているのはいやだから手直しをする。この繰り返しで、やっと自分が何をしているのかがわかってきたか。馬鹿野郎わかってきたか(いきり立たなくてもいいじゃない)。

 自分の趣味にこだわるのは音楽でも何でも、あんまり芸のないことで、こだわってたらそこで止まってしまうじゃないか。そういうマニエリスムを自慢しているのは、格好が悪いぐらいならいいけど、じきに馬鹿扱いされますから、マスカラをあまり自慢すると、馬鹿にされますから、と際限なく続いていく。

 曲作って、「駄作」という題をつけて平然としているのも面白いかなどと、考えては薄ら笑いを浮かべたりなんかしたら、ぼくは気持が悪い人かもしれない。ピアノ曲『駄作』とか。チラシに載せたら、どんな反応だろうか。誰も聴きに来ないかな。 

 YouTube 動画を見ていると、「何でも弾けるピアニスト」がいるようだが、どの曲も同じような演奏にならないか。何でも弾きますというパフォーマンスは飽きますよ。それともこの人は、有名曲を全部弾いて技術を鍛えたあと、内容を考えようというつもりなんですかね。そうもいかないはずなんだが。まあ、好きにおやりください。ぼくは超絶技巧は持ってない。弾きたい曲を弾く、必要な技術はある、でいいと思うんだ。

 ヨーロッパの調性音楽では3度音程が調性感を決めることが多いから、それ以外の音程を持ち込んで不協和を作る。2度とか4度とか7度なんかを多用する手法が、調性システムを使わない音楽の常套手段のようになったということを、昨日リゲティの曲を聴いていて、いまさらのように確認した。それで、ぼくがいまやっている自分の作曲だってその傾向はあるが、調性と無調を対立させないで、両方の音程感が出てきてもいいことにしたらどうかとやってみたら、事態は好転しだした。どうも、調性と無調を対立としてとらえるのではなくて、でも折衷というのでもなくて、となれば、並置、並行か。こういうことの研究をしたわけではないのでよくわかんないが、そういうふうにやってみている。付け加えますが、日ごろは変な研究をしているのでもないんですよ。

 コロナの最中、特に後半から、街の通行人とか、ときどき会う友達とかが「なんか足りない」。文句を言っているんじゃなくて、なにか欠如です。みなさんどうですか。最近、この欠如感は、どさくさにまぎれて後退しつつありますが、隣同士で変な距離感ができているのは、生命体の何かの防御だろうか。欠如に気づきながら日々すごしているうちに、巷に何かできてくることがあるのかなと、近所を観察しながら、自分のことをやっています。

[2024年1月31日(火)/続きは後日]

387.
「コミュニケーション」

 ぼくはシェーンベルクのピアノ曲を弾く場合、12音作品じゃなくて無調作品のほうが性にあっている。それで、以前弾いたものはほとんど全部、彼の12音作品より前の無調音楽で、『6つのピアノ小品』が回数は一番多い。6年前に作品23を弾いたときは、いろんな事情で、バランスを欠いた気に入らない演奏になって、自己評価は低いが、オンラインでこのときの演奏を評価してくれる人が多いのは、どうしてだろうか。

 1月に励んでいた作曲が終わったとき、抛り出されたようで、ぼくが曲を抛り出したんじゃなくて、曲に抛り出されたようで、ひまになった。休息も必要かと思って怠け、怠けながら次のコンサートの「型」とか「形」を考えて、と思っていたら、2月にもう1曲書くことになった。ゆっくりな曲で、書くこと自体はシンプルだが、これでも作曲だ。ぼくは以前から、作曲とピアノの練習と、二束のわらじが履けないたちで、作曲だってそんなにぱっぱと片付かないから、あたまが混乱しないように、作曲の期間中はやさしいピアノ曲ばかり弾いている。そのやさしい曲がじつはくせものだったりなんかして、サボるつもりで手を焼いている。

 元日から地震で、正月がなかったような今年は、ぼくには2月になっても、なんかけじめがないような気分だ。気持のまとまりが悪いから、気をつけてゆっくり進めなければならず、不自由な感覚がついて回る。

 それでもコロナは見たところ下火になったらしい。3年間のパンデミックのあいだ、あたまがコロナの話題でかき乱され、今ごろ、態勢を立て直すのが厄介だとぼやきながら、自分の持ち場でゆとりをとりもどす工事のようなことをやっている。日常の見た目の損害はないが、3年も気骨が折れたあとでは、コロナ禍だぞという、もうないはずの以前の危機感が、まだ残っているんですか。

 どうもいろんな決断がにぶいのは、春が来るからでもあるが、環境に対する遠慮からだと思う。3年にわたるコロナが終わったら、外食屋さんはともかく、ぼくたちのような新しいアートの作り手は、外回り=場は作れても、出し物で挑戦しようという意気込みがどうしても愚図る。コロナが終わってきた時期にこれだ。場を作り出し物を作る側としては、何かをやってみるとわかることがあるんだけど、それをやる気力は生活環境からもらってます。コロナ禍でも限られたミュージシャンたちは活動を続けました。そして今です。少数の理解者を当てにして、何ができるかを決めるのは、なんか、「ぬれた海水パンツを脱ぐような」(安部公房氏による)もどかしさがある。まあ、そこまで大げさなものかどうかは別として、何を作るかが、大変見えにくい。

 でも、「迷う」ということは、時間が許せばやったほうがよさそうです。ゆとりというのはそういう収集選択のための時間と空間なのだろう。やみくもにてあたり次第、片っ端からやってみたほうがいい場合もあるが、一刻を争うときに、それはできない。その日の天気が晴れだったら、しごとで迷ったとき、抛り投げて、しばらく外に出てみたらどうか。

 25年前に弾いた曲を、今さらいなおすと、以前の記憶をなぞっていても弾けない。時間が経って、そうではなく、こうである、という像が現れる。だから演奏は「再現芸術」じゃないと、改めて思う。毎回の演奏が、それぞれ別の企画に立脚している。ぼくは昨晩早く眼が覚めてしまい、朝少しピアノを弾いたあと、1時間寝て、起きて昼食をとり、少し弾いてまた30分寝て、起きたとき、いま練習している曲の、以前とは別の全体像に気づいた。だからそれを試してみる。「体で覚える」と言うように、曲を受け入れるプロセスが必要だ。ピアノから離れているときにいいアイデアを思いつくこともある。

 いつも思うんだけど、世界に同じ時計は2つとないのに、50人のオーケストラはひとりの指揮者を基準にしてあわせている。厳密に言えば合わないはずですよね。「理論的には」楽譜上のタイミングは合わせて書いてあるが、そもそも合わない時間=時計を、どうしてあわせるのか。日本の筝曲の合奏は、指揮者はいなくてもどうにか合っている。これは理論じゃない世界のお話だとすれば、なんのお話だろうか。要するに問題は指揮者のいる・いないではないということで、いなくたって合うのなら、なんのための指揮者だろう。

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[2024年2月28日(水)/続きは後日]

388.
「所有欲の問題」

 展覧会に出かけて、気に入った作品があると所有欲をくすぐられるときがある。うちへ持って帰って毎日眺めてすごしたい。馬鹿を言え、犯罪だぞ、と言われるのは、実際に持って帰っちゃった場合の話で、ざーませんわ夫人などは持って帰らず、傑作(あるいは駄作)を目の当たりにして「!」と絶句しました。その絵を描いた画伯と直談判した上でなら、持って帰ってもいい。もともとひとが描いた絵に値段は、作者の言い値とか相場はあるかもしれないが、材料費と手間賃と生活費なのですか。オークションなんかではずいぶん高いですね。

 ぼくは小学生のころ、田舎で学校から、美術の時間に描いた水彩画をぶら下げて持ち帰宅中、道沿いの農家のおばあさんに、「ばーかいい絵描いたねか」とほめられたが、これなんかねえ、ざーませんわ夫人の「ドラクロワも悪くざーませんわ」とは真逆の、掛け値なしの賛辞だろうと、ぼくはいまでもありがたく記憶にとどめてある。

 音楽の場合、たぶん絵の場合とは違う。音楽は物ではない。しかしミュージシャンがいなければ演奏が聴けないからといって、ギタリストや歌手をリヤカーに乗せて持ち帰るひとはあまりいないだろう。マルセル・デュシャンなら、コンサート会場に空き缶を持ってきて蓋をして「日本武道館の空気」とかいう題の作品にするかどうかは知らないけれども、著作権団体のことは措いといて、コンサートとかCDというように、メディアに対して値段がつく。音楽学校の先生たちは、そんなことも知らない。ピアニストに飯を食わせれば音楽をやってくれるから、せいぜい食わせてしこたま弾かせようぜ、なんて馬鹿なことを平気で言ってますよ。飯を食わせれば、いくらでも弾いてくれるのね、とかなんとか「需要と供給の関係」を生徒に刷り込むのが音楽教師という職種らしいぞ。音楽アカデミーの教育は大体そんなものです。だから新しい音楽の世界は変なことになっている。

 コロナのコの字も報道に見られなくなったし、戦争中なのに日本の都市は一見平穏だが、いまは、見えないけれども復興の途上で、その地道な行為や行動が癒しにもなってくるのか。こころのなかのあらぶるトラブルを、パンツをすすぐようにすがすがしく、らくな感じに洗い落としてくれるケアとは、どんなものだろうか。これについて注意したいことは、子供のまま大人になることを拒否して生きている人には、癒しはないと思われること。その人は停止しており、癒しは必要もないし、機会も訪れない。それでいいとも、悪いとも思わない。本人だけは自分は普通だと思っている。ウソのような話だが、ぼくはそういう人を知っている。

 ポストコロナ、戦争中、震災で、音楽で技術的に根性がいるのは、中ぐらいの速度の音の動きを作り出すことではないか。中腰で踏ん張ってブレーキをかけながらアクセルも踏んで、音を動かしながら手前で引き止めている作品の選びと演奏技術が要る。騒がないで、かといって停滞もしないで、ある程度までの動きを促すこと。

 想像上の美というのは実在しないから、それに対する所有欲なんてものは直接、充たすことができない。人間にできるのは、それを表現すること・表現された「実在のモノ」を見聞することで、その表現は、もとの想像上の美とは別ものだということになる。じゃあその表現とはなんですか。でもそれを見たり聴いたりして興奮・感動するのは、なんかあたりまえでない何事かに実際に接したということだから、美というものが存在することは確かなんですが、私が求めた美が体験できるのは、それとつながる実在のモノを介して体験できるので、美そのものがどっかから降ってくるなんて、あるわけがない。

 その「実在のモノ」を所有するのが美的体験ですか?体験というからには、時間とともに移ろうもので、留まっていない。ソシュールを参照したいところですが、忘れていることも多い。やぶからぼうですが、いまお読みになっているこの拙稿を所有できますか。音楽も、ある空気の振動を録音機で記録した物を持つことはできるが、だからといって音楽を所有したことにはならないよ。まして「信仰を持つ」なんてどうですか。奈良東大寺の大仏を持ち上げたところで、それは信仰を持ったのではない。大仏を持っただけのことだ。どうも信仰というのはこれとは全然別の話のようですね。シェーンベルクの『モーゼとアーロン』は、この取り違いを皮肉ったオペラではないか。

 物を大切に扱うということは、それを馬鹿にしないということで、なにかを所有したいのは、大切に扱いたいということだろう。ふつうの判断なら、ゴミみたいなのを大事に守る義理はなく、どうでもいいものは欲しいとも思わないだろう。ああ所有欲。

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[2024年3月31日(日)/続きは後日]

389.
  「ひま考」

 4月6日、土曜日。このへんではやっと桜が咲き、お花見ができる季節が来たが、ここしばらく、ずっと小雨交じりの曇り空だ。それでも街は行楽客で賑わっている。その雑踏が、なんだか現実離れして見えるのは、自分は何を見ているんだろうかと不思議に思っていたが、ふと思い出した。そうだ、コロナ禍のころは街にはひとがいなかった。その記憶が、花見で賑わういまの街とオーヴァーラップして見える。どうやらそういうことらしい。

 4月7日、日曜日、昨日の雨がウソのように、気持よく晴れ、お花見スポットの公園に出かけてみたら、ひとが多すぎて足の踏み場もな い。別に怒ってませんよ(笑)こんなことはコロナ禍では考えられなかった。あのときは誰もいなかった。いま人ごみだからと言って、どさくさにまぎれてコロナ禍の「社会的な打撃」を、まさかみなさん忘れたわけではないだろう。

 ぼくは電車の中で美人さんを見かけると、人目に悟られぬよう心の中でわーとよろこんで、近くに立ったり、隣に座ったりするが、怪しいストーカーとも痴漢ともセクハラとも思われてない証拠は、そういう犯罪者ははたのひとは雰囲気ですぐわかるから、美人さんがたは逃げたりしますが、ぼくは逃げられないようですよ。いや別にのろけてんじゃない、その証拠に、逆にぼくが座席に座っていると、美人であってもなくても、平気で隣にお座りになるから、ぼくは差別や区別はされていないようだ。わたしなんか、変なひとが隣や後ろにいると、キモチ悪いから逃げている。

 スーパーに行って無人レジで精算をしていると、自動音声で「処理中です」と機械が言ってから、おつりを出す仕掛けだが、この「処理中です」という言葉がぼくには「ソリチュード(solitude 孤独)」に聴こえて仕方がない。これを聞いた誰かがあわてて、「無人島で生産する漂流客は孤独なのだろう」なんて言ってました。

 ヨーロッパのオーケストラに興味はないと言っている先輩作曲家がいるが、ぼくはコロナ以後、うちではオーケストラ音楽を聴く生活習慣をなくしてしまった。外出自粛期間には、コンサートやライヴはなかったわけだし、作曲し、ピアノを弾いたら、音楽はそれで充分で、ほかの時間は音楽以外のことがやりたかった。オーケストラだけでなくほかのジャンルの音楽もほとんど聴かなかった。あえて聴くとしたらエレクトロニカが多かったかな。以前はひまができるとやっていたことを、ぜんぜんやらなくなり、「外出自粛でひまも奪われた」、わかりますか、この感覚が。うちでできることをやっている間は全部、作業時間になった、ということなのです。その習慣が、まだ残っている。

 そのまだ残っている習慣が、そのままひま時間になったようなのが余っていると、最近感じるようになった。わりあい最近のことで、大いに結構ですよと喜びたいところだが、まだ喜んでいいのかどうかよくわからない、「からっぽな」時間と言うにふさわしい。なんですかこれは。そこへなんか用事を詰め込むのもおかしい気がするから、空き時間のままにしてある。誰かが言っていた「必要無駄」かもしれない。

 どういう時間を「ひま」というのか、ずっと考えていた。床掃除のバイトをやっていたときは、昼飯のあと30分ぐらいだったか、テレビを見たり昼寝したりの時間があって、これがひまと言えばひまだった。作業の出来栄えや作業中の態度を批評する気持が、ひまなときにはない、無責任でだらしがない、とでも区別しておきましょうか。

 いったい何が言いたいのかわからないという批判はご容赦ください。「ひま」を検証する適当な言葉が見つからないんです。そのうち実態の把握ができるようになるんでしょうか。ネットラジオ続けてますので応援してください。

[2024年4月30日(火)/続きは後日]

390.
「言語」

 当年とって30いくつの女友達は、川端康成を知らなかった。代表作を読みたいから紹介してくれといわれ、『雪国』を推した。日本人ならノーベル賞作家ぐらい知っておきなさいと喉まで出かかったが言わなかった。今ぼくが知っている同世代の国内作家は数人で、一世代下の新人作家も数人だ。ぼくが好きな遠藤周作が亡くなってから30年近く経ちます。今年に入って氏の『海と毒薬』を読んだ。かなり以前、途中まで読んで、抛り出したままだった。ちゃんとできた作品なのに、傑作『深い河』とか『ぐうたらシリーズ』とくらべ、なぜか感動があまりなかった。そういう作品なのか、ぼくが読み飛ばしたからか。

 時間や空間そのものは切ったり貼ったり、色を塗ったりはできない。小説なら言葉を使って、音楽なら音を使って、時間軸の上に、あるいは空間のどこかにイヴェントを配置する、それでもって形のないものに性質を与えるといったことだろう。朝起きて学校に行き、最初の授業は国語で、次が社会、というふうに時間の各時点に属性を与える。空間なら、壁1枚立てて、右側が道路で左側が脱衣所、というように。これだって、時間や空間に属性を貼り付けるわけではない。そうではなくて時間や空間がかくかくの属性を持つようになる。

 高校時代の現代国語の恩師はもう亡くなったが、「音楽と詩の関係について、しきりに考えています」と、生前いただいた年賀状に記されていた。正直言って、ぼくもわからないです。歌を書いて誰かの詩を使ったり、朗読したりということはやっているが、どうしてやっているのかと訊かれても、根拠なんかない。歌を書くとき、誰の詩を使うかは、毎回迷った末、これで行こうとなるが、節をつけるのも同様に迷った挙句ということが多い。そのときそれがいいと思ったからやってみる、ということなんです。

 ぼくは街を歩きながら、この雑踏の全体を把握したいといつも思うけれど、「主体が知覚する現実」がわかるだけで、見えていない・聞こえていない現実だってある。ソシュールによればそうなる。街中には人それぞれの物語があり、知らない人同士が同じ場にいることで、それが交錯する。皆さんファッショナブルで美男美女と言いたいところだが、どうもなあ…ひとのことは言えないか(笑)最近ぼくは、道行く「人」に興味が向いてきた。

 人に興味が向いてきたということには若干理由がある。例のコロナ以後、「男」と「女」の区別が(ぼくには、ですよ)希薄に思われる。コロナ騒ぎのあいだは男女ともに人類愛のようなもので支えあってしのいだ、そのなごりなのか、「性差」というとニュアンスが違うが、どうも色気が感じられにくい感覚で日々すごしています。だから、ちょっと意識的に人を見てみる。あまりじろじろ見たら悪いから、わき目でとか、伏目がちにとか。女性のお化粧や服飾は、見て見て根性(なんて言葉はないかな)の表れだということに、やっと気づいたような心地がして、「人を見ることは悪いことではないのだ。我もまた見られている」ということに、いまさら思い至るこの頃、みんな元気でやってますか。

 ぼくは詩も小説も書けないから、ひとの作品を読んで喜んでます。自分の人生以外に、誰かの物語が必要だということを、現今のいわゆるポストコロナの日常で感じている。音楽だっていろんな性質の音が変化するひとつながりの時間を体験するというところは、文学と共通している。音楽の「論理性」ということはあまり言われないが、論理という言葉がふさわしくないなら成り立ちでもいい。これに対し渡辺智英夫というえらい?先生が「感性」ということを強調してますが、こんなことは好事家にしか言えない。「感性」だけでアートが成り立つわけないじゃないか。

 言語が、いろんな原因で損なわれているように思えるが、みなさんどうですか。

 ネットラジオ続けてますので聴いてください。

[2024年5月31日(金)/続きは後日]

391.






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